なに気にカレンダーを見ていたら
ふと・・・気付いた事が・・・
今週の金曜日・・・13日・・・
「13日の金曜日」・・・
つい、このフレーズに反応してしまうのは、子供の頃に・・・「恐る恐る観た」
ホッケーマスク&チェーンソーの爆音で登場する
ジェイソンが、恐怖の渦に突き落とす映画 「13日の金曜日」 である。
思わず反応してしまっているのは、その時のトラウマであり・・・
この感覚に囚われている30代の方は、多いはず!!! (自分の勝手思い込みかも・・・)
ついででは、ありますがご存知の方も多いとは思いますが・・・
参考までに・・・
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キリスト教では主の受難日を金曜日としているが、その日付は定めていない。
共観福音書からはその日は15日と読め、ヨハネによる福音書からは14日と読めるが、キリスト教の各派ともその日を確定していない。
キリスト教の影響が強い国であっても、イタリアで不吉な日は17日の金曜日であり、スペイン語圏では13日の火曜日が不吉だとされている。
13日の金曜日を不吉とするのは、英語圏とドイツ、フランスなどに限られる。
ただしフランスでは宝くじの売り上げが急上昇する、幸運な日でもある。
これらの国で13日の金曜日が不吉とされる理由には、いくつもの説があるが、定かでない。
13を不吉な数とするものと、金曜日を不吉とするものが独立して生じ、それらが合体したものであるという説が有力である。
13日の金曜日を不吉とするのは19世紀になってからだとする意見もある。
13日の金曜日に関して、いくつかの説を挙げる。
キリストの最後の晩餐に13人の人がいたことから、13は不吉な数とされた。
また、キリストが金曜日に磔刑に処せられたとされていることから、13日の金曜日が不吉であるとされるようになった。
一説には、イヴによるアダムの誘惑も大洪水からノアが脱出したのもバベルの塔が壊されたのも13日の金曜日だと言われるが、聖書にそのような記述はなく迷信の域を出ない。
北欧神話では12人の神が祝宴を催していた時にロキ(Loki)が乱入して、招かれざる13番目の客は人気者のバルドルを殺してしまったとされ、キリスト教以前から13を不吉な数としており、13日の金曜日についても伝説を持つ。
それは魔女としてキリスト教に追いやられたフリッグが11人の魔女と悪魔を招いて毎週金曜日に悪事を企んでいたからだという。
なおゲルマン諸語で「金曜日」を表す語は「フリッグの日」に由来する。
フィリップ4世がフランス全土においてテンプル騎士団のメンバーたちを一斉に逮捕したのが、1307年10月13日の金曜日だった。
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世の中には色んな記号(記号化された)が存在します。
例えば、今では必需品でもある携帯電話。
その番号やクレジットカード会員番号も日常生活において
必然的に使用され何の疑いも違和感もなく受け入れて使用しています。
もちろん自分自身も例外ではなく毎日、目に触れていますし
便利で、もはや手放す事さえできない依存状態である事は事実です。
この番号や記号は他人と区別する為のモノであったり
遠く離れたひと同士が同じモノについて話をする際に記号に置き換える事で
お互いの認識のズレをなくす事にも使用されていたりします。
何の疑いも持つ事なく日常にありふれた記号を生まれながらに
使用していながら皆が疑問に余り思っていないのが
人それぞれにある「 名前 」 「 血液型 」 「 生年月日 」
これも個人を識別する為の最小の記号であると思います。
複雑化する現代社会においてはコレを複合化し組み合わせる事で
バリエーションを持たせ細分化し見事に分類されてしまっています。
人は皆、生身の人間ですし時と場合により番号で呼ばれる場面に
おいてソレを不快感に感じる事が多々あると思います。
しかし街を行き交う中で、ふと視線を送ったその先にあった
デジタル時計の時刻が「 誕生日 」の数字を表していた時など
自分自身に縁のある記号や数字に遭遇するとなぜか心地良く感じたりします。
そこには思い入れによる「 愛着 」があり気持ちのウエイトが大きく繁栄されています。
無機質な「 記号 」 「 数字 」に利便性は感じても
完全に受け入れたくない気持ちがあります。
所謂、「 らしさ 」であり社会が急速に変化する中でも人間自体は
少しの変化で留め感情的な生き物である事にコレから先も変わりはないのです。
完全に記号化されるのではなく、また受け入れを拒否するのでもなく
どう、付き合って行くかがこれからのテーマであると思います。
もちろん戯言程度の話と理解して下さい。

エコ or エゴ
環境に優しい。
子供の頃、学校から帰宅と同時に奥から聞こえてくる母親の声。
「勉強しなさい~」
その時の記憶が、ふと、蘇えるほど、最近、世の中で当たり前のように唱えられている。
TV、ラジオ、近所の主婦の井戸端会議の話題までが、まさにソレであり
地球規模に発展したソノ話題は私的生活にも、もちろん深い根を既におろし始めている。
CO2削減の意図から各社、各メーカーが取り組むハイブリット車や一切のガソリン燃料も必要としない電気自動車などの次世代車が挙ってのキーワードであり
ソレを制する者が時代の覇者である事に何の迷いを感じる事のないに自動車業界は、
まさに戦国時代である。
その点では、世界に先駆けた先進の技術を一般車に取り入れ成功したT社はリーダー的な立場に居るのは世界の誰もが認める承知の沙汰に間違いはないのですが
表題の「 エコ or エゴ 」
この発音の近いふたつの言葉の位置関係はもちろん対義語であり相反する意味合いを持ちます。
T社が発足するもうひとつの高級車ブランドL社。
T社にて発売された車種から、それぞれのセグメントにおいて人気のある車種を更に成熟させ
ハイクラス、ハイクオリティーに仕上げた日本発信の世界に誇るプレミアムブランドである。
その中でも上位に位置する2つのセグメントにおいてのトップエンドモデルが
最新のハイブリット技術をあます事なく注ぎ込まれた高級サルーンであり
その、2車種に与えられたプライスタグは、一般的には誰もが手に届く範囲のモノではなく
高値の花である。
もちろん、その意味合いが持つ事は、リーダーたる指導者的立場の人々や有名人から先進技術を肌で感じて貰う事で提唱するエコロジー思想のシャワー効果の目論が目的である事は決して間違いではない。
しかし、その前身でもあるT社から既に発売されている最新のハイブリット技術を搭載した車種も「お手頃価格」とは、程遠く高額である事は紛れもない事実である。
リサイクルを含めたエコロジーによる環境保護に先進的な姿勢で取り組むヨーロッパで
開発が進められているハイブリット技術搭載の車種の多くは、街を行き交うポピュラーな車種をベースに取り組まれています。
対岸の氷河が溶け始めるのを目の当たりして生活している地域なだけに
そこには、1/100でなく100/100を目的とする「環境オタク人種」の新しい試みが形になり始めた証でもあります。
日本でも環境問題を解決する為に多く叫ばれている現在において切実に自分達の問題として捉えている人々が何パーセントくらいいるだろうか?
自分自身も含め、こらから先の重要な問題提起である。
エコロジー後進国の日本において、まだまだ時間の掛る事ではあるが本当に必要とされているのは
ハイブリット技術が搭載されたT社のカ○ーラでありマー○Xであるように感じられます。
世の中がエコを提唱した売名行為も渦巻く世界に船は既に見切り出航しています。
エコ or エゴ???

気になる記事(個人的に。。)を見つけたので報告までに。。。
アメリカのジョージタウン大学の教授の実験により
同カロリーを摂取し続けても
毎日、寒さにさらし続けるか、攻撃的なマウスと同居させるなどして
慢性的なストレスを与え続けると体内の脂肪値がストレス無しの場合とでは約2倍になるらしいです。
もちろん寒さについては、寒さから身を保護する為に脂肪を蓄える理由がある訳ですが。。。
でも、妙に納得させられました。 現代人は、痩せ辛いんだなと!
仕事は、景気の煽りを受け成果主義に切り替わり。それに合わせ人間関係も複雑化の一途!
その上、ダイエットを始めるも食事制限により逆にストレスをためてしまう傾向にあるようです。
本当に痩せ辛いんですね!
好きな事で、楽しみながら痩せれる方法を早く見つけて手遅れにならないように
頑張らないと。。。
と、思い始めている今日、この頃です。
ご無沙汰ぶりの更新になってしまいました。
皆さんいかがお過ごしでしょうか?
めっきり春めいた陽気になって来ましたが
まだ朝晩は冷え込みますので体調管理は万全に!
コレからの時期は秋冬と比べると洋服もカラーが増え、
所謂、Tシャツを中心に『色物』が多くなって来ます。
仕事柄、そこで良く耳にする言葉が『この色は似合わない。。。』です。
もちろん人により難しい色はあると思うのですが、
考え方の角度を変えてみて欲しいな。。。と、いつも思います。
例えば、学校や会社でソリの合わないクラスメートや同僚がいるとします。
そうなると相手の嫌な所ばかりが目に付き始めて余計に嫌になってしまった
経験は誰しもあると思います。
しかし、嫌いといって学校を中退したり会社を辞める事に直結はしないと思います。
もちろん最悪の事態はあるとは思いますが。
まず、どう付き合って行くか考え、自然とその流れなり程よい距離感を
保ちながら付き合っいると思います。
ソリの合わない同士が二人きりで食事やカラオケをしに行ったりするのは当然、苦痛であり
そういった流れに到底ならないと思います。
しかし、そこに第三者の介入がありクッションの役割を果たす人が現れると自然な振る舞いになって来たりします。
プライベートでも無い限り共に過ごす相手を選ぶ事はできない訳ですから自ずと過ごし易い環境に変化させて行ってると思います。
要は『どう付き合うか?』『どう向き合うか?』が重要である
根底は自己解決の問題である事の方が多いという事です。
洋服も同じ事なんですよね。
赤いTシャツが似合う人は、はっきり言ってさほど多くありません。
でもそんな事を言い出したら世の中、作れない物ばかりで生産効率を考えると『白と黒』のつまらない世界になってしまいます。
その色をどう自分流に取り入れるかで少しでもそのカラーに対しての向き合い方に変化が現れると
もっと色んな物への挑戦が楽しくなって来るし結果を出せば、振り子時計のように自分自身の『振り幅』も大きくなります。
こういった『内の事』は啓発的なきっかけとの出会いで、後は自分がどう処理するかでしか所詮ないのです。
他人がとやかく言っても通じませんから。。。
もちろん思い当たる事柄が自分にも多々ありますから。。。
まあ簡単に言うと『好き嫌い』を少し分析しただけの事なんですが。。。
自分が『苦手とするアイテム、カラー』を今年こそ克服の方向に挑戦してみて下さい。って事です。
それと今日は友人のTさんの車がモディファイし極上の仕上がり具合でした。


携帯電話やノート型パソコンなど、さまざまな携帯電子機器や街中に溢れる物が時計の役割を果たしいる現在で、もはや腕時計をつける必要性は薄れつつある。
しかし腕時計はパーソナルな表現をするアイテムとして人々を惹き付けてやまない。
これから先、時代がもっと進歩し腕時計の必要性が今よりも、もっと薄れていったとしても様々な価値観をそこに見出し、かけがえのない 『 特別な物 』 としての存在価値を与えられ続けるアイテムである事に変わらない気がします。

オリンピックを目前に控えた中国で、サルの顔をしたブタが生まれました。
中国の西平にあるFengzhang村で5匹生まれた子ブタのうちの1匹として誕生したそうです。
ブタは『 薄い唇 』『 小さい鼻 』『 大きな目 』も持ち、後ろ足が前足より長いため、ウサギのようにジャンプをするような感じで移動するそうです。
"http://www.ananova.com/news/story/sm_2941186.html
世界最大のスポーツの祭典でもある北京オリンピックの開幕もカウントダウン体制。
各種報道にも熱が入り増々、盛り上がりをみせています。
そんな中、最終の聖火リレーが中国本土でスタートしたニュースを報道番組でみたのですが、
華やかな表舞台の光の面と、裏で巻き起こる陰の面についての報道内容が個人的には興味深い内容でした。
8万7000人以上の死者、行方不明者をもたらした5月の大地震が直撃した四川省で最初のリレーとなり、震災救援に尽力し『英雄』らが聖火を掲げ、復興への固い決意を示した。
今年が中国にとって五輪開催と改革・開放30周年という節目の年であることから内外に印象付ける思惑もも含め、さらに、8日開幕の北京五輪に向けて国民の愛国心を高める政治的狙いがある。
広安市は、改革・開放の総設計士と呼ばれる故・トウ小平氏の故郷で、リレー出発地点としてその生家が選ばれた。
トウ氏は中国への五輪招致を最も早く明確に提唱した指導者です。
同市そのものは被災地ではないが、第一走者は、北川県で2歳の娘や母親ら親族10人を亡くしながら、警察官として救援活動の最前線に立ち続けた彭州市公安局の蒋敏さん(28)が務めた。
蒋さんは『中国最強の女性』と取り上げられ『一級英雄模範』です。
聖火リレーは市内の7.3キロを189人でつなぎ『中国頑張れ、五輪頑張れ』と叫ぶ市民の熱狂的な声援が続いた。
沿道では数千人の警官が警備する厳重態勢が敷かれた。
リレーは4日午前には楽山市で行われ、同日午後は被災地の綿陽市と広漢市で聖火イベントが開催される。
5日午前の成都でのリレーを経て、聖火は6〜8日に最終地点の北京で引き継がれ、クライマックスを迎えます。
ただ、地震により被害の多い地域は聖火リレーのコースから外され、丸太にビニールシートを括り付けて雨つゆを凌ぐだけの状況で、
今も手付かずのまま何の援助もされない人々が多く生活を虐げられています。
その人々の声は、華やかな表舞台のまさに陰となり、より濃い色へと変化を遂げたのち次第に闇へと変わります。
世界祭典が国家繁栄のドル箱産業として鎮座している事も、
また、まぎれない事実であり、真実として受け入れる事を先進国の人々は理解するべきである
現代人よ強くなれ!!!
意志を持ち、意志を貫く、
ひとり勝手な応援歌。

夕日の綺麗な防波堤、
木立の並ぶ林道、
裏庭の芝生、
早朝の愛犬との散歩コースにある公園、
小高い丘のてっぺん、
実家の今でも、あの時と何ひとつ変わらぬ自分の部屋、
小学校の運動場の片隅にポッンとある鉄棒、
真夜中の高速道路で、ツマミを右へ大きく傾け聴く音量の音楽、
自室のパソコン前、
リビングの三人掛けソファに身を沈めて飲み干すビール、
大事な人だったお墓の前、
行き着けのバーカウンター、
裏山の神社の境内、
いつも自分に好意的で、
暖かく包んでくれるような、
『 場所の意志 』というものが感じらる事で、
心が『 安心 』から『 安息 』へと移り変わり充たされる。
自分自身が『 場所 』を選んでいるのではなく、
『 場所の意志 』によって自分が選ばれているという事。
今日は朝から凄い雨音で目が覚めました。
小豆大の小石を地面に投げつけたような凄まじい音にビックリです。
でも自然が発する音って気分を害するものって少ない気がします。
雷にしたってゴロゴロと鈍く重たい音に合わせてピカッと光る演出効果で、もちろん、
怖さはありますけど、機械的につくられ発っせられた所謂、誰もが感じる嫌な音ではないと思います。
毎日ブログを更新しよう(できるだけ。。。)と、
自分自身の身体の中の良識ある部分に約束をしたは良いけれど。。。
5日目にしてネタが尽きました。
そんな毎日、事件が起きたら大変です。身体が持ちません。
たまには、何も考えないで温泉に肩までゆっくりと浸かり、指先の皮がぷよぷよになるまで、
しっかりふやけさせたいです。
ぼけーっと、あいのり観たいです。
毎日、カッコ良く生きていません。
特撮のヒーローだって、週一の放送だから必殺技でカッコ良く最後を決めれるんです。
それが毎日だったらマシンガンで手っ取り早く始末したい筈です。
その点、初代ウルトラマンは、週5のスケジュールをこなしてたあたり凄いです。
やはり大物です。(身長40m、 体重3万5千t、年齢2万歳 )
まぁ〜最終的に何を伝えたいかと言いますと、、、
今日、書く、ネタが無いという事です。
はっきり言うと、、、ソレをネタにした感じです。
バッターボックスで三振したらどうしょう?
と、考えるより三振するつもりで勢い良くバットを振り抜く!
そう考えるのは、一般論。。。
僕的には、、、デットボールでも塁に出ろ!!!
その闘争心こそが、今こそ必要なのです。
がんばれ日本!!!
オリンピックもいよいよ後半戦です。
本日のスニーカーです。


オリンピックもいよいよ最終章。
いろいろと問題もありましたが選手のみなさんには多くの感動を頂きました。
メダル獲得の裏では、さまざまな努力がそれぞれにあったと思います。
もちろん競技の種類や選手の数だけ苦労の数や種類に違いはあると思いますが、
そもそもメダルの価値とは、メダルの色だけではありません。
もちろん色は、それぞれに違いがあり誰しもが金メダルを望んでいますが、
ただ単に順位を表しているだけではなくメダルの重さ(思い)は、全て同じであるという事だと思います。
世界の大会である以上、大きなレベル的大差は、さほど無い中での戦いですから
メダル獲得に繋がらなかった多くの選手も讃え、迎えたいですね。
その裏では、問題にもなりましたが商業化オリンピックとして確立してしまい本来の意義とは異なった動きも中にはあり、
いかに膨大な利益収益を上げるか、国の威信を示すか、それに多くの選手が犠牲になって来たと思います。
内戦が絶えないアフリカでは有力な選手を獲得する為に、既に亡命を遂げている選手をメダル獲得時の好条件の報奨金を条件に帰化させ自国の選手として出場させ、メダルを手に入れる事で国の威信や名誉を優先したり、
水泳では、ある選手の活躍により過去、最多の数の金メダルを獲得したアメリカ。
莫大な金額で独占テレビ放映権を与えている為にスポンサーのテレビ広告などが時差がある為に早朝や深夜に放映されたのでは、スポンサー側としては、おのずと金額に見合った価値ではなくなってしまいます。
その為、重要な一戦は協会に圧力をかける事でアメリカ時間のゴールデンタイムに放送できる様に朝の早い時間に試合時間を変更したなど。
それにより身体を温めたり、精神的に集中時間が必要となりますので時間を繰り上げてのリズム管理が必要になります。
選手によっては前試合とのタイムラグがほとんど無く疲れを残したまま決勝に出場を余儀なくされたりする面もあったようです。
もはやスポーツの祭典という一括りにできない商業ベース、国の威信、がそこに存在しています。
全てにおいて、純粋な気持だけでは何一つ解決できない人心的な氷河期に突入しつつあるのかもしれませんね?
本日のスニーカー

実は、昨日が会社の決算日だったりしました。
ですから今日は、新年明けての初日ですから元旦みたいな感じです。
コレもひとつの『 節目 』ですね。
自分自身でもそうであるように日本人は節目を特に大事にする民族だと耳にした事があります。
年末が近づくとともに街も活気にあふれ、行き交う人々の靴底で鳴らす音がまるで演奏のように聴こえてくるほど
さまざまな音階があちらこちらから耳に飛び込んできます。
そんな年の瀬に、家が共働きだった小学生の姉弟に任せられた使命が今年最後の大仕事が大掃除でした。
今、思えば大掃除、自体に大きな意味というよりも変わり目、その節目にこそ意味があり大事な事なのだと今更のように思い感じます。
新年、新学期、入学、卒業、誕生日。
みんなが同じ日に迎える新年のような節目と、各個人で異なる誕生日のような節目、
それぞれが、それぞれの思いで迎えて目標や誓いをたてて歩んでいく術がまさに成長につながる第一歩のような気がします。
そこに、ひとつの境界線がある明確な行事ごとの大事な節目もあれば、
はっきりとした日付けがあるにも拘らず、あえて避けて雰囲気として感じ受け入れる節目。
江戸と東京。
伊予と愛媛。
昭和と平成。
単に、呼び名の違いでだけであり明確な日付けより区切られているにも拘らず、
それらに収まりきらない何かがあったりします。
感じ方は自由です。
自分の思い方で節目を感じて下さい。そして、それを大事にして下さい。
本日のスニーカーです。

それと弟の光君のケガからの復帰、第一戦。
■ZU★MI life
仕事においても、
恋愛においても、
全てのモノに、
理想と現実があります。
まず、なんにせよ、理想を思い描いて、はじめの一歩を踏み出すわけです。
もちろんリスクは誰しもが考えますが。。。
好きな相手に望む事。
仕事での新しい門出。
新しい習い事、趣味。
なんにでも。。。
一歩、踏み出して始めるのは容易ですが、
少しづつ理想(感覚)と現実の間に生じるギャップを感じ始めます。
そして最終的には、自分自身で結果を導いてしまいます。
なんにでも。。。
理想(感覚)→ 現実(事実)
で、ある以上は全てに対して起こりえるコレも現実であると思います。
しかし、
一番大事な事は、その過程にあるモノです。
信号も赤と青の間に、黄色があります。
昼と夜の間に、夕方があります。
子供と大人の間に、青年があります。
その中間(中感)に、何を考えて行動するかで、行き着く先の答におのずと変化が現れます。
もちろん誰しもが解っている、ごく当たり前の事なんですが、
この、当たり前が難しいですよね。
本日のスニーカー。

人として堂々と生きる。
男は理屈だけでは語る事のできない生き物。
おぎゃーと、生まれてから死ぬまで、
俺は男だ、俺は男だ、と自分に言きかせて生きていくモン。
つらい事が沢山あったら、あっただけ、
俺は男だ、俺は男だと何度も繰り返し叫べばいい。
そしたら自然と男になる。
自分が生まれて来た時、
自分は泣いて、まわりは笑ってくれた。
だから、
自分が死んで行く時には、
自分が笑って、まわりが泣いてくれる。
そんな人生を歩んで欲しい。
10年後には、きっと誰もが
10年前に戻って、もう一度やり直せたらなと思う。
実は、今、そう考えてる自分自身が10年前から戻って来てやり直しはじめた自分であると思って、がんばれば、世の中にやれない事なんて何一つない。
本日のスニーカー。

男の子なら誰もが憧れる時期があったと思います。
電車、バス、船、飛行機、
運転手、船長、パイロット、
電車や自動車、飛行機は常に子供達の憧れの的だった。
自分の身体よりも大きなモノを自分が舵取りをして、
動かすって事の優越感がきっと、たまらなく気持よく、
カッコ良く思えていたのだろう。
世界が自分の思いどおりに動いたり止まったりする。
そんな純粋な感覚で好きや嫌いを判断していた頃を懐かしく思う反面、
羨ましく思う現在の、自分自身がいたりします。
過去に戻る事はできませんが、
過去に習う事はできます。
自分に欠けている何かは。。
過去に忘れてしまったモノのような気がします。
熱い兄弟の飲み会。


次の大会は表彰台の一番高い場所へ。
■ 詳しくはコチラから
本日のスニーカー。

誰の心の中にも善人と悪人がいて、
いつもは、不思議なくらい本棚に並んだ書物のようにきちんと整理されている。
それを上手に使い分け、カタチを変えながら、
その書物の種類を増やしていく、
どちらの書物が多いかで『 良い人 』『 悪い人 』と簡単に区別できるモノじゃないけれど
誰の心にだって善人と悪人がいる。
そんな自分は、どっちかな???
ついにリリースです。
CYNBAllEGATO(シンバルレガート)
SAMPLER Vol.1 完成です。

本日のスニーカー。


BLOOD IS THICKER THAN WATER
血は水よりも濃い
要するに結びつきの濃さ。
親、恋人、親友、人と常に関わりながら日常の毎日を繰り返し営んでいるわけですが、
ついつい忘れがちになり兼ねない人としての大事な気持の置き方。
そのバランスを蔑ろにしてしまう事の代償は孤独である。
廻りに人が居たとしても孤独の隙間が身に纏います。
権力、金、人柄、
この3つにしか、人は継続的に動く事はできません。
大きな権力に従う、
働く事への見返り、
人としての尊敬、
まず、ミニマムとなる自分のいちばん身近なところからしっかりと、そして確実に。
表面的な繋がりではない、本当の親友や友達を増やして下さい。
本日のスニーカー。


男の子なら
パイロット、プロ野球選手。
女の子なら
ケーキ屋さん、お花屋さん。
自分の将来を決定づけてしまう年齢での答えではないけれど、
子供ながらしっかりと夢をみて、目標として見定めながら努力した
思い出が誰しもあるはずです。
やがて、子供から少年、少女になり、
青年、大人、中年、老人。
いつの頃からか、
なりたいモノからやれるモノのシフトしたり、
流れに身を任せたり、
人は、それぞれ常に選択をしなければならない時が必ずあり、
それを重ねる事を成長と表現したりする。
子供の時に夢見て目標と見定めた、それになれるという事は、
本当に素晴らしい事ではあるけれども、
それだけが人生の成功ではないし、ひとくくり形ではありません。
ある年齢を境から、
どう生きるか。よりも、
どう生きたか。
そこに価値を見出されてきます。
今、岐路に立つ中で右を選ぶも、左を選ぶも、
それは個人の自由な選択であるが故に結果として出た答えには、おのずと世の中は評価をしてしますのです。
過程と結果、
結果を出した上での過程、
どう生きるか。どう生きたか。
個人の自由ではあるが常に、世の中は評価しています。
でも、
忘れてならないのが、
自分が幸せになりたいのであれば、まずは人も思いやる事を学ぶ事。
未来は今日、今の瞬間から始まるもの。
明日から始まるのでない。
それは、これから先もなにも変化しない事であるように思います。
本日のスニーカー。


世の中に、歩き出すという事。
行くあてのない人間なんて、世の中にいるはずがない、
誰しも行くべきところがある。
行かなければならない場所がある。
それが生きるという事。
それが生活するという事。
生きる事を、生活する事を、休むという事は、
人でないという事。
歩く事が、最低限の生きるという事。
一歩前に歩き出す事。
生きていれば、
嬉しいければ、笑える。
悲しければ、涙も流せる。
本日のスニーカー。


知恵とは、
『 知識 』を『 恵む 』事であり発展と成長へと繋がります。
知恵を創りだすには意識が必要であり、
今ある状況から新しい事やモノを生みだす事ができます。
例えば、1枚のガラスが割れ、その破片を利用して切るモノを作りだし、
更にテコの原理を応用した道具がハサミである。
知識と知恵を合わせる事で、モノが道具へと変化していきます。
知り、恵み、得た事で自分自身の徳となり知識となり、
また、繰り返し知識と知恵を合わせる事で、いろんな変化に対応していくのです。
恵む、を美しむ事。
美を、徳しえる事。
普段の生活で何気に口にしている言葉、
たまに正面から向き合って再認識する事で、
自身が正されるような気持にさせられたりします。
本日のスニーカー。

ここち = 心地
心が地に着くかのように安定する事。
心地良い場所。
心地良い音楽。
心地良い風。
ストレスを感じる事なく五感が解放され
心身共に安定している状態にあって
思考というよりも感覚で人が常に欲している、環境も含めた状態。
あぁ〜温泉でもゆっくり入りたい。。。


『目には目を』繰り返していけば、
人は、今以上に盲目になる。
弱い者ほど相手を許す事ができない、
許すという事は強さの証である。
人生は、単純なふたつの事で構成されて、
したいけど、できない。
できるけど、したくない。
大好きな人と過ごす一時間は短く感じるけれど、
熱いストーブの上に座る一時間は、
どんな一時間よりも長く感じるはずです。
世界から見たら自分はちっぽけな存在でも
自分から見た世界は大きな存在であるように、
物事の見え方や捉え方の角度が違えば人生は2倍楽しくなる
そんな気分で長いロマンス紀行を楽しんでみるのも悪くないと思います。
先進国を中心に年々、深刻化してきた少子化問題。
もちろん、この問題は日本でも直面しいる事であり、大きな波紋から浮き彫りとなる更なる問題へと発展していく事は現段階で既に承知の沙汰であります。
そんな世の中を尻目にペットを飼う方が年々増加しているようで、
ペットの為の施設や食品、リラクゼーションといった人間と同様のサービスを提供している企業もあり、その内容も。。。
ほんの一部ですが『 ポカリスエット 』ならぬ『 ペットスエット 』
もちろん販売は大塚製薬のグループです。

その他の関連製品もどうぞ。。。

インターネットからテレビ、雑誌どれを開いても必ず目にする、
『 Co2削減 』『 eco 』
地球規模の環境問題が、日常の問題化としてとりただされ始めてから
さほど時間の経過は感じないけれども、人々が常に意識的に考える体質に変化しています。
身のまわりで、まずは、できる事から!!!
日常生活でできる事を確実にこなしていくことも大事なことだけど、
こんな事実もちゃんと知っていて欲しいなと思います。
今日、口にした食べ物はどこから来たか?
フードマイレージ(食品マイレージ)
私たちが住んでいる家に使われている木材はどこから?
ウッドマイレージ (木材マイレージ)
輸入大国である日本は、あらゆる食品、資材、エネルギーなど、さまざまなモノを
諸外国からの輸入に頼っていますので、その間の移動中に大量の二酸化炭素を排出させています。
国の問題から個人の問題に、それがまず第一歩なんだなと感じました