OMOU - KOTO

%E3%83%94%E3%83%81%E3%83%A3%201.png
オリンピックもいよいよ最終章。
いろいろと問題もありましたが選手のみなさんには多くの感動を頂きました。

メダル獲得の裏では、さまざまな努力がそれぞれにあったと思います。
もちろん競技の種類や選手の数だけ苦労の数や種類に違いはあると思いますが、

そもそもメダルの価値とは、メダルの色だけではありません。

もちろん色は、それぞれに違いがあり誰しもが金メダルを望んでいますが、
ただ単に順位を表しているだけではなくメダルの重さ(思い)は、全て同じであるという事だと思います。

世界の大会である以上、大きなレベル的大差は、さほど無い中での戦いですから
メダル獲得に繋がらなかった多くの選手も讃え、迎えたいですね。

その裏では、問題にもなりましたが商業化オリンピックとして確立してしまい本来の意義とは異なった動きも中にはあり、
いかに膨大な利益収益を上げるか、国の威信を示すか、それに多くの選手が犠牲になって来たと思います。

内戦が絶えないアフリカでは有力な選手を獲得する為に、既に亡命を遂げている選手をメダル獲得時の好条件の報奨金を条件に帰化させ自国の選手として出場させ、メダルを手に入れる事で国の威信や名誉を優先したり、

水泳では、ある選手の活躍により過去、最多の数の金メダルを獲得したアメリカ。
莫大な金額で独占テレビ放映権を与えている為にスポンサーのテレビ広告などが時差がある為に早朝や深夜に放映されたのでは、スポンサー側としては、おのずと金額に見合った価値ではなくなってしまいます。

その為、重要な一戦は協会に圧力をかける事でアメリカ時間のゴールデンタイムに放送できる様に朝の早い時間に試合時間を変更したなど。

それにより身体を温めたり、精神的に集中時間が必要となりますので時間を繰り上げてのリズム管理が必要になります。
選手によっては前試合とのタイムラグがほとんど無く疲れを残したまま決勝に出場を余儀なくされたりする面もあったようです。

もはやスポーツの祭典という一括りにできない商業ベース、国の威信、がそこに存在しています。
全てにおいて、純粋な気持だけでは何一つ解決できない人心的な氷河期に突入しつつあるのかもしれませんね?


本日のスニーカー
P1010086.JPG