JOURNEYMAN

ジャーニーマン(Journeyman)とは、
プロスポーツでいくつものチームを渡り歩く選手のことである。
直訳すると「旅人」という意味だが、「職人」という意味でも用いられる。
トレードされたり、解雇されてもすぐに別のチームで必要とされ契約に至るケースが多い。
アメリカのプロスポーツは移籍が頻繁に行われる為、
該当する選手にしばしばこの言葉が用いられる。
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野茂英雄のプレイヤーとしての旅は終わった。
自分の能力を信じ、妥協することなくチャレンジし続ける
その姿勢は自ら進んでジャーニーマンの道へ向かっていったかのようだ。

野茂の詳しい球歴は下記で見てもらうとして、
http://www.ocn.ne.jp/sports/espa/nomo/memory/index.html 
日本のプロ野球(NPB)、メジャー・リーグ(MLB)、マイナー・リーグ、
さらに独立リーグまで、野茂はプロ野球選手として
一体何球団のユニフォームを着たのか?可能な限り追ってみた。
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1990年 / NPB 近鉄バファローズ / 背番号11

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1995年 / テキサス・レンジャーズ傘下1Aベイカーズフィールド・ブレイズ / 背番号40
*メジャー・デビュー前にカリフォルニア・リーグのチームで調整登板

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MLB ロサンゼルス・ドジャース / 背番号16

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1998年 / MLB ニューヨーク・メッツ / 背番号16

1999年 / シカゴ・カブス傘下3Aアイオワ・カブス / 背番号不明

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MLBミルウォーキー・ブリュワーズ / 背番号11

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2000年 / MLBデトロイト・タイガース / 背番号23

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2001年 / MLBボストン・レッド・ソックス / 背番号11

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2002年 / MLBロサンゼルス・ドジャース / 背番号10

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2005年 / MLBタンパベイ・デビルレイズ / 背番号11
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ニューヨーク・ヤンキース傘下3Aコロンバス・クリッパーズ / 背番号不明 

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2006年 / シカゴ・ホワイトソックス傘下3Aシャーロット・ナイツ / 背番号不明

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2007年 / ベネズエラ ウィンター・リーグ カラカス・ライオンズ / 背番号34

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2008年 / MLBカンザスシティ・ロイヤルズ / 背番号91


NOMO MANIAなる言葉が生まれるほど熱狂的なファンを生んだ
メジャー・デビューから僅か3年で野茂はあれほど馴染んでいた
ドジャー・ブルーのユニフォームを脱ぎ、ニューヨークへと新天地を求めた。
その後はご覧のとおり毎年のように球団移籍を繰り返し、
何度もマイナー・リーグ生活を体験している。
その都度、幾度となくメディアからは野茂限界説が唱えられたが、
ボストンでのノーヒッター達成、2度目のドジャース在籍時にはキャリア・ハイの
成績を残すなど、常に外野の声を(良い意味で)裏切っていった。
2005年のデビルレイズ以降はメジャー昇格もなく、
ベネズエラのウインター・リーグで登板する姿が報道されるなど、
この年齢でこれだけの長いブランクは、
さすがにもうメジャー復帰は無理だろうと絶望視されていた。
しかし、またもその予想は覆された。
今年、ついにロイヤルズで奇跡のメジャー復帰を果たしたのだ。
結果こそ残せなかったが、この最後の登板は一生忘れることはないだろう。
ドジャース時代の背番号16を逆さまにした91を背負った野茂の勇姿を。
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